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         なかふたごこふん(あらとむら229ごうこふん) / おおむろこふんぐん
 国指定史跡 中二子古墳(荒砥村229号古墳) / 大室古墳群
 

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大室古墳群中の一基

大室古墳群は、国指定史跡となっている4つの前方後円墳を中心に、20数基の古墳から成り、現在、大室公園内に6基が保存整備されている。

前二子古墳中二子古墳後二子古墳の3基の大方前方後円墳は、畿内でも大型の前方後円墳が造られなくなる6世紀初頭から後半にかけて相次いで築造された 。

この赤城山南麓にはこの古墳を取り巻くように1000基以上の古墳が存在したと言われているが、この3古墳に匹敵するほど大規模で、しかも隣接して3基並んでいるのは、群馬県でも他に例が なく、この古墳群を造営した豪族の威勢を思わせる。

この中二子古墳大室古墳群の3大古墳のうちでは、 時期も位置も真ん中に造られ、規模は最も大きいが、唯一石室が見つかっていない。

古い時代には、「中間大墳」「中陵」などの呼ばれ方もした。(下記別名参照)


未発見の石室

1878年(明治11年)3月に前二子古墳後二子古墳の石室が 開けられた時、この中二子古墳についても、石室の探索が行われたが、その時には発見されなかった 。

1993年(平成5年)度に地下レーダー探査(電磁波反射法探査)という科学器材を用いた方法で非破壊的に石室の探査を前方部と後円部南側墳丘を中心に実施し、後円部上段墳丘南側に強い反応があり、横穴式石室の存在が推定された。

しかし、翌1994年(平成5年)度の調査では、石室を探した複数の盗掘坑や葺石がなどが確認されたが、石室は確認できず、レーダーは別のもの(土など)に反応したものという結論となった。

明治の陵墓探査の跡も、盗掘坑なども同じような場所(通常、石室が想定される後円部南側)に集中しており、発見されていないことを考えると、実際の石室は思いもかけないような位置なのかもしれない。  


被葬者と上毛野氏

この地は上毛野氏の本拠地で、古墳群は上毛野氏の墳墓ではないかと言われている。
(毛野氏とは東国を治めた第10代崇神天皇の長子・豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)の子孫で、後に上毛野氏、下毛野氏に分かれた )

1878年(明治11年)、前二子古墳後二子古墳の石室が開けられ、 それぞれ豊城入彦命と三世孫にあたる御諸別王の陵墓として申請されたが、 決定的な根拠に欠け、治定されなかった。

石室が見つからなかったこの中二子古墳については豊城入彦命の子の八綱田、孫の彦狭島王を想定していたのかもしれない。
 



▲北西側から

左が後円部、右が前方部
前方部が発達し、後円部と
ほぼ同じ高さ
 


▲南西側から

南側に円筒埴輪列が
復元されている
 

▲北東から

内堀と中堤の様子が分かる。
こちら側には埴輪列はなかった
 


▲墳丘から出土した埴輪
(前橋市教育委員会のパンフより)

埴輪列は全て南から見た時に
見える位置に配置されており、
南から見るために造られた
古墳であるようだ


3000本にも及ぶ埴輪

■円筒埴輪
・中堤の内外縁、下段平坦面、墳頂部にめぐらされ、3000本が立てられていたものと推定。
・基本的には5条突帯であるが一部4条突帯も使用。
・北側中堤には人面が線刻で描かれた円筒埴輪


▲線刻人面のついた円筒埴輪

■形象埴輪
・人物、盾持人、器財(翳、鞆、靫、大刀)が出土
・盾持人物埴輪が中堤上に密に設置

■器財埴輪
・後円部墳頂におかれた
・人物埴輪や大刀形埴輪、須恵器高坏形器台や提瓶などは後円部南側の中堤上に設置

大小の山石、河原石を使用し、平積、横積など。
工法的には視覚を意識したものであり、遠望できる個所には大型石材を使用している


▲古墳前に設置の説明看板
 


▲古墳前に設置の説明看板
 


▲墳丘測量図と断面図
(前橋市教育委員会のパンフより)
 
別名 荒砥第229号墳(上毛古墳綜覧)
内堀遺跡群 内堀遺跡 M-9号墳
中間大墳(県庁文書 勢多郡西大室村大墳)
中陵(三王墳墓略記)
所在地 前橋市西大室町内堀1501他(旧荒砥村) 
史跡指定 国指定史跡 1927(昭和2)年4月8日指定 アクセス
駐車場

大室公園の駐車場は北側と南側の二箇所 
築造年代 6世紀後半
形状 前方後円墳 2段築成
全長(堀含む):170m 墳丘全長:111m
前方部の幅:79m 後円部直径:66m
高さ:15m
埋葬施設 未発見
出土遺物 墳丘上部の平坦面や中堤に、
様々な形象埴輪や円筒埴輪列
詳細は後述
周辺施設 【周堀】 幅の広い内堀と外堀が二重に巡る
【葺石】 北側中堤内面と墳丘斜面部
調査暦 (発掘)平成5.8.17〜平成5.10.30、平成6.6.6〜平成6.11.15 更新履歴

探検日(写真撮影日)  2002年00月00日
第二回探検日(写真撮影日)  2016年03月03日
最新データ更新日  2019年09月05日

文献 『大室古墳群 史跡前二子古墳・中二子古墳・後二子古墳ならびに小古墳 保存整備事業報告書』前橋市
『前橋市 大室古墳群』 前橋市教育委員会
東国大豪族の威勢・大室古墳群 群馬 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
『内堀遺跡群、III、V』 前橋市埋蔵文化財発掘調査団(1998)
『前橋市史 第1、2巻』 1971 前橋市
『群馬県史 資料編3』 1981 群馬県
『上毛古墳綜覧』 1938 群馬県
群馬県古墳総覧』2017 群馬県
旧写真 平成14年00月00日撮影
【参考文献】【参考文献】
□「古墳めぐりハンドブック」群馬県立博物館
群馬の遺跡〈4〉古墳時代1―古墳
東アジアに翔る上毛野の首長 綿貫観音山古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」119)
古代上毛野をめぐる人びと
東国大豪族の威勢・大室古墳群 群馬 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
古代東国の王者―上毛野氏の研究

 


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上州路散歩24コース

著者:群馬県歴史教育者協議会
出版社:山川出版社(千代田区)
サイズ:新書/220p
発行年月:2004年01月
税込 1,470 円

上州路の散歩コースと散歩事典。東国一の古墳文化上毛野、江戸北辺の守り上州、近代化遺産の宝庫群馬、常に時代の先端であった上州の地を訪ねる。
【目次】
第1部 上州路散歩24コース(相沢忠洋ゆかりの地を訪ねる/古墳時代上毛野の豪族をしのぶ/赤城山南麓の古墳群を巡る/上野国府・国分寺周辺を歩く/上野三碑ゆかりの地をたどる/中世新田荘を歩く/上野の名城箕輪城周辺を歩く/白井城と白井宿を歩く/東毛の山城に戦国をしのぶ/上州真田氏ゆかりの地を巡る ほか)/第2部 上州路散歩事典
東国古墳時代の研究

著者:右島和夫
出版社:学生社
サイズ:単行本/394p
発行年月:1994年05月
税込 7,646 円

【目次】
第1章 保渡田古墳群の研究/第2章 上野における群集墳の成立/第3章 上野の初期横穴式石室の研究/第4章 上野における横穴式石室の変遷/第5章 角閃石安山岩削石積石室の成立とその背景/第6章 総社古墳群の研究/第7章 截石切組積石室の研究/第8章 古墳からみた5、6世紀の上野地域/第9章 古墳からみた6、7世紀の上野地域
群馬の遺跡(4)

著者:群馬県埋蔵文化財調査事業団
出版社:上毛新聞社
サイズ:単行本/177p
発行年月:2004年11月
税込 1,300 円

【目次】
第1章 古墳時代の群馬は元気だった―群馬古墳学入門/第2章 豪族居館の発見/第3章 埴輪と古墳と古墳時代/第4章 巨石横穴式石室と豪華な副葬品―綿貫観音山古墳とその被葬者/第5章 多田山の唐三彩が語る歴史/第6章 群馬における古墳研究の歩み―『発墳暦』から観音山古墳・三ツ寺1遺跡まで/学習へのいざない
群馬の遺跡(5)

出版社:上毛新聞社
発売日:2005/01/01
サイズ/ページ:21cm/
定価:1,301 円

目次:
第1章 こうして古墳時代は始まった
第2章 黒井峯遺跡の発見
第3章 水田と畠
第4章 炉からカマドへ、農民たちの生活
第5章 群馬県の古墳時代集落研究のあゆみ―入野遺跡から黒井峯遺跡まで
学習へのいざない
 

 

 



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