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いなりやまこふん(そうじゃまち12ごうこふん) / そうじゃこふんぐん
稲荷山古墳(総社町12号古墳) / 総社古墳群
 

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総社古墳群中の一基?

総社古墳群は榛名山から東南方向に広がる裾野の末端に位置し、現利根川の西岸に南北4kmに分布する。

5世紀から7世紀にかけて、連綿と築かれ、その規模や卓越した築造技術、優美な装飾品などから、東国を代表する古墳群の一つとされている。

その立地から、大きく南北二群に分けられ、この稲荷山古墳は北支群に入ると思われ 、所有者にちなみ、穂積稲荷山古墳と呼ばれることもある。

ネット上では、問屋町の丁間稲荷山古墳(総社5号候補)をこの稲荷山古墳(総社町12号)とするサイトが散見されるが誤りである。
 

前方後円墳説も

前方後円墳とする資料もあるが、上毛古墳綜覧(昭和10年の調査)には、円墳として記載されている。
住宅街の中に円丘部しか残存していなかったが、地元の人によるとかつては西側に墳丘が続いていたとの話もあり、元々は遠見山古墳二子山古墳と主軸 (西:前方部、東:後円部)を同じくするような前方後円墳だった可能性もある。

埴輪は確認されているが、埴輪が消滅し、墳型が前方後円墳から方墳へと変わっていく直前の古墳と考えられている。
 



▲調査前の墳丘の写真
『稲荷山古墳』 1988より

享保年代(1716〜1736年)から
稲荷神社として利用されていた
ため、稲荷山古墳と称された

1988年、地権者より宅地化の
申し出により、記録のための
発掘調査が行われた後
古墳は削平された

現在、石室があった位置は
集合住宅となっている。
 



▲発掘時の石室全景
 

▲石室実測図
 
所在地 群馬県前橋市総社町総社1746-1・2、1742-2
(総社町屋敷北乙1746)
アクセス
駐車場

前橋市の古墳地図
別名 穂積稲荷山古墳
総社町12
号古墳 (上毛古墳綜覧〈1938〉)
史跡指定  
築造年代 6世紀第3四半期
形状 円墳 (前方後円墳?)
直径:33m×21.4m
埋葬施設 両袖型横穴式石室
出土遺物 墳丘:埴輪(円筒、人物、馬)、須恵器
埋葬施設:釘、刀、馬具、武器、小刀
周辺施設 葺石、埴輪列
調査 (発掘)昭和63.6.20〜昭和63.7.20
文献 『稲荷山古墳』 1988 前橋市教育委員会
『前橋市史 第1、2巻』 1971 前橋市
『群馬県史 資料編3』 1981 群馬県
『東国の雄 総社古墳群』 前橋市教育委員会
『榛名山東南麓の古墳』 前橋市教育委員会
『上毛古墳綜覧』 1938 群馬県
群馬県古墳総覧』2017 群馬県
更新履歴

探検日(写真撮影日)  2018年08月18日
最新データ更新日  2019年08月20日

【参考文献】
□「群馬県古墳総覧〈2017〉本文・一覧表編/古墳分布図編」群馬県教育委員会事務局文化財保護課
□「東国文化副読本 - 〜古代ぐんまを探検しよう〜」 群馬県文化振興課
□「古墳めぐりハンドブック」群馬県立博物館
□内堀遺跡群 仮称大室公園整備事業に伴う埋蔵文化財確認調査報告書 前橋市埋蔵文化財発掘調査団(1989)
□内堀遺跡群II 大室公園整備事業に伴う埋蔵文化財発掘調査概文化財発掘調査団(1989)
□内堀遺跡群X 大室公園整備事業に伴う埋蔵文化財発掘調査概報 前橋市埋蔵文化財発掘調査団(1998)
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