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くにしていしせき さんでんかなやこふん
国指定史跡 散田金谷古墳
 


巨大な石室と家型石棺

能登半島の基部、子浦川と向瀬川の
合流点の低台地上にある。

北陸地方最大規模の全長10mの
横穴式石室と、屋根に千木(ちぎ)を
載せた様な形状の特異な形態の
家形石棺を有する
全国的にも極めて貴重な遺跡。

北側に隣接する石坂鍋山古墳群
(宝達志水町指定文化財)と共に
志乎・桜の里古墳公園」として
整備されている。

同じ志雄谷に同時期に造営された
石坂鍋山古墳群とは一体のもので、
古墳群の盟主墳と考えられる。

盛土の流出や天井石6石中3石が
失われ、崩壊の危険が高くなり、
昭和61年〜63年 にかけて
解体、修理復原が実施された。


大伴家持も歌に詠んだ之乎路

なお、この地(旧志雄町)は古くは
「之乎路(しおじ)」と呼ばれ、
古墳の下を走る街道は氷見と
能登を結ぶ「臼ヶ峰往来」に通じ、
越中守大伴家持が能登巡行に
際して通った経路の候補にも
なっている

「之乎路から 直越え来れば
羽咋の海 朝凪したり 舟楫もがも」

万葉集にある大伴家持が
詠んだとされる歌



▲現地説明板(左半分)


▲現地説明板(右半分)


北陸地方最大規模の横穴式石室

屋外の電灯板のスイッチを押すと
10分間室内照明が点灯する

石室内部の見学を希望する場合は、
予め宝達志水町教育委員会に
連絡のこと。

下の石室内の写真撮影に
ご協力いただいた
宝達志水町教育委員会の
皆様に感謝します。


外から中を覗くこともできるし、
Googleのストリートマップでも
石室内部を見ることができるが、
実際に中に入って、触った時の
迫力の比ではないので
可能であれば、教育委員会に
お願いしてみることをおすすめ。

どの資料にもないような貴重な話も
伺え、非常に有意義だった。



▲石室実測図

左:説明板にある復元後の図
赤い文字で数値を加筆

右:(『考古学と自然科学』I第31・32号
古墳造りの技術より)復元前?
側壁、羨道の一部が欠けている
ように見える


家型石棺(組み合わせ式)

志雄町金谷の石棺」の登録名で、
県の有形文化財に指定されている
(志雄町は2005年(平成17年)
押水町と合併し宝達志水町となった)

1903年(明治36年)に地元の
人々によって発掘された時に
墳丘上に搬出されていたが、
現在は復元された玄室内に
戻されている。

凝灰岩の板石8枚を組み合わせた
棺身と、内側を削り窪めた4枚の
凝灰岩の表側に、千木(※1)を
連想させる突起を4対8個(現存は3対)削り出した屋根形の棺蓋を
伴う家型石棺である。

(※1)千木(ちぎ)…神社の本殿等で
棟の上に置かれるX形の木

▲参考:甲州市・熊野神社の千木



▲左:復元前の墳丘測量図

右上:説明板にある石棺写真

右下:解体断面図
(『考古学と自然科学』I第31・32号
古墳造りの技術より)

※写真は全てクリックで拡大します※

▲北側の道路から
西側の細い道からも入れる
 

▲南西側には石室開口部と
説明板がある

▲北側から
石室の規模からすると
かなり小さい墳丘。

▲1903年(明治36年)に地元の
人々によって開口された石室

 

▲石室は施錠してあるため、
中には入れない
 

▲玄門から羨道の側壁

▲羨道から玄門と玄室
奥壁前には家型石棺

▲玄室から玄門、外をのぞく
玄門内側の床には照明
 

▲天井石
6石中3石が消失していたため
別の場所から補充、復元

▲天井石から水が染み出している
この湿気のため、平成18年から
一部解体修理、排水設備の整備を行う
 

▲奥壁は床部より、天井部が狭い
側壁は上に行くほど内傾している
持ち送りか

▲玄室の側壁
花崗岩の自然石積み
石棺の精巧な切石に比べると
やや乱雑に見える
 

▲奥壁の前に鎮座
屋根型の棺蓋の一部が欠損している
 

▲屋根型の棺蓋は
見事なアーチ型

▲上から左奥の壁と底部
底部2枚、左右の横壁2枚、
奥の壁2枚、手前の壁2枚、
合計8枚に板石が組まれている
 

▲隙間なく組み合わされた底部
刳り抜き式の家型石棺は
目にしたことがあるが、
組み合わせ式は初めて。

▲手前側の壁、中央より右側
噛み合せが見事

▲棺蓋に文字が掘られている
墳丘上に置かれていた時に
いたずら(?)されたらしい
 

▲棺蓋(左側)
千木は垂直にカットされているようにも
見えるので、被葬者は男性か
 

▲棺蓋(右側)
一枚の石を切り出している
石の加工技術は驚くばかり


↓Googleストリートビューで、石室内部が見られます↓
 
 

史跡指定 国指定史跡 管理者:宝達志水町 所有者:個人?
1982年(昭和57年)1月16日指定
所在地 はくいぐんほうだつしみずちょうさんでん
石川県羽咋郡宝達志水町散田
(旧志雄町 しおまち) 633.97平方メートル
築造年代 6世紀第4四半期 アクセス
駐車場

「志乎・桜の里古墳公園」内
北側にある「古墳の湯」駐車場が利用できる
形状 円墳(略円形)
長径:21m 短径:18.5m 高さ:3.5m
周溝 墳丘の尾根側に馬蹄形に巡る
幅:3m 深さ:0.5m
埋葬施設 【横穴式石室】 全長:9.85m
 玄室長:5.72m 玄室幅:2.65m 玄室高:2.76m
 玄門部幅:0.88m 玄門部高さ:1.7m
 花崗岩を主とし、一部に安山岩
【家型石棺】
 底辺で長さ:2.30m 幅:1.10m 高さ:1.27m
「志雄町金谷の石棺」 県指定有形文化財(考古資料)
1960年(昭和35年)5月27日指定
出土遺物 須恵器の杯・高杯・台付直口壺・提瓶、馬具、直刀、鏃(東京国立博物館、成正寺(散田75)などに所蔵)
「散田金谷古墳出土品 及び 石坂鍋山1号墳出土品」
宝達志水町指定文化財(考古資料)
2005年(平成17年)3月1日指定 (成正寺所蔵)
調査 1903年(明治36年) 発掘調査
1984年(昭和59年) 史跡整備基本資料調査(発掘調査)
1986年〜1987年(昭和61年度〜63年度) 復元実施 
2006年〜2007年(平成18年〜19年度) 一部解体修理
参考資料 「いしかわ文化財ナビ」、「文化遺産オンライン
石川県の文化財 、 「遺跡ウォーカー」
古墳造りの技術(日本文化財科学会)、
石川県・宝達志水町HP等
 

探検日(写真撮影日)  2018年09月18日
データ作成日  2018年10月06日

最新データ更新日
  2018年10月06日

【参考文献】
石川県の文化財 (1962年)
 
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