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なぞのずいどういこう とんからりん
謎の隧道遺構 トンカラリン
探検日(写真撮影日) 平成17年08月26日
データ作成日 平成20年12月14日
最新データ更新日 平成20年12月14日
探検日誌・ブログ版

所在地 熊本県玉名郡和水町瀬川 肥後古代の森/菊水地区アクセス Yahoo!地図

↑トンカラリン案内図。
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↑説明板
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【トンカラリンの概要】

全長:466.6m

 阿蘇凝灰岩の切り石を組んだ人工的な石組みや自然の地隙を利用した、構造や大きさの違った5つのトンネルが連なっている全国に類例のない遺跡。
 人が1人やっと通れるほどの狭く曲がりくねった隧道(※)や、這ってしか通れないほど 隧道、U字型の溝、蓋石を乗せた地盤の裂け目などからなる。

(※)【隧道】すいどう。「ずいどう」とも。1. トンネル。2. 棺を埋めるために、地中を掘り下げて墓穴へ通じる道。

【諸説紛々〜何のために作られたのか】

 1974(昭和49)年に確認され、作家の故松本清張氏が、魏志倭人伝の一節にある「邪馬台国の卑弥呼の鬼道」説を発表すると、全国の考古学ファンが現地に殺到するなど、一躍脚光を浴びた。

 宗教施設説、古代祭祀跡説、排水路説など様々な説が示されたが、1978(昭和53年)、熊本県教育委員会の発掘調査で示された「近世の排水路」が定説となって、ブームは沈静化。

 しかし、1993(平成5)年の集中豪雨の時、県北部の排水路が甚大な被害を受けたにも拘らず、トンカラリンには一切の損害がなく、大した水が流れなかったことが分かり、農業土木の見地から再調査された。
 排水路としての数々の矛盾点を指摘され、その正体をめぐる論議が再燃したが、今もって謎は解明されていない。

【周辺には……】

 この一帯には、県道を挟んだ向かい側の清原古墳群を初めとして、古墳・遺跡が数多くある。
 トンカラリンの一番下の終わりの地点には、まるで遺構の続きであるかのように、長力・北原横穴群が存在する。

 実際にこの地に立った感想としては、やはり何らかの宗教的な目的で使われた遺構ではないかという気がした。

↓この下の画像は全て拡大します。画像をクリックして、拡大写真でお楽しみ下さい。
【階段】

七つの石の階段があり、上り詰めると70cm四方の石の隧道がある。


←七つの階段。拡大するとはっきり見える。
 

↑階段の説明板。
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←隧道。這ってしか通れない。

 横穴式石室との類似を指摘されているそうだが、ただ一度の埋葬を行うためにこれだけの規模のものを作るとも思えない。
 追葬や祭祀などで繰り返し利用するために作られたのではないだろうか。

 多分、上から下へと下るルートならば、黄泉比良坂を冥界に下っていくような感覚かもしれない。
 この道を通って下から出る、ということは、一度死んで生まれ変わる、というような意味があり、宗教的な儀式に使われていたのではないか、などと勝手に想像するのだが……。
 四角に加工された石が組まれているが、その壁に不自然な跡が。
 石を加工した跡にしても、他の場所とは明らかに違っている。
 何か紋様を刻んだのか?
 しかも、この部分だけ、微かに赤い。
 赤色塗料でも塗られたかのよう。

 すぐ下にある長力横穴1号にはやはり赤色塗料の跡が残っていたというし、その可能性も無きにしも非ずでは。

←何かの紋様?彩色?
 

←自然に出来た地割れの奥にはやはり狭い隧道が。

 狭い隧道内には全く光がささず、暗黒の世界。
 恐らく、日常の生活でこれほどの闇の世界を味わうことはないだろう。

 この中に入るつもりなど全くなかったのに、チブサン古墳で出会った若者と再会し、何故か成り行きで一緒に潜入することに!
 ありえない……!

 人間一人がようやく這って通れる大きさなので、自分で懐中電灯を持っていないと、前後の人が持っている明かりは全く届かず、1ミリ先も見えない。

 狭い遺構が突然崩れて閉じ込められるのではないか、恐々と探る手の先に気持ちの悪い生き物がいるのではないか、本当に出口に続いているのか……暗闇が恐怖を煽り、恐怖が様々な不安を呼び起こす恐怖のスパイラルの中で手探りで進む。

 閉所恐怖症や暗所恐怖症の方には決しておすすめできない。
 別に恐怖症でない私ですら、恐怖で心臓が止まりそうで、恐怖症になってしまいそうだった。

 生きて帰ってこられて良かった……。
 本当に一度死んで、生まれ変わった気がする。

【中に入るなら……※恐いですよ!!】

どろどろに汚れるので、カッパのような撥水性があり、ふき取れるような素材のものを着ていくか、着替えを持って行った方が良い。
這うので手袋があれば尚可。懐中電灯(強力なもの)は必ず一人一本!



 



 
【タンタン落し】

 急な段差がある。
 ここから這い登って入るのはちょっと無理。
 ごく少量ではあるが水が流れているよう。

 こういう部分を見ると、確かに排水路ではないかとも思える。
 しかし、このような建造物を今、作るとしたら、数億円もかかるという。
 それほどの大事業を行うのには、何か特別な意味があると思われるが、経済や宗教の中心である都にならともかく、こんな山中にこれほど立派な排水施設を作る必要があるとは思えない。
 水は自然に流れるまままにしておけば十分のはず。
 雨が降っても、水がそれほど流れ込まない構造になっているなら、なおさらだ。

 城の抜け道という説もあったが、こんな通 りにくい場所があったり、大柄な男性では通れない狭さのところもあるのではあまり意味を成さないような気がする。

【タンタン落し前の広場?】

 周りの石階段は後に作られたものかもしれないが、真ん中の石はずっとそのままあったものか。意味がありげに鎮座している。
 不自然なタンタン落しと共に、何か宗教的な儀式にでも使われたのだろうか。

 このすぐ脇には長力・北原横穴群が存在している。(上のトンカラリン案内図参照)
 これだけの近距離にある墓群にこの遺構が全くの無関係というのも、逆に不自然のような気がする。

 

↓トンカラリンのDVDがあるらしいという噂を聞いて、探してみたところ、本当にあった!
何と、このうちの「鞠智城物語」は熊本県立装飾古墳館で放映されていて、見たことがあったのだ!
隊長がDVDを購入したので、「隧穴(ずいけつ)幻想 トンカラリン夢物語」を鑑賞。
平様の演じる若者が何とも言えず……

三池崇史監督作品 熊本物語 [DVD] 熊本三部作〜

熊本県が舞台の歴史、伝奇ロマン原作を題材に監督した3部作を、1巻に収めたDVD&ビデオです。古代から中世の肥後・熊本を舞台に、愛する家族たちを、そして故郷の大地を守るために戦った先人たちの3つの物語。3作品でそれぞれ主役を演じる平幹二朗、根津甚八、原田芳雄をはじめ、共演陣にもはた三恵、石橋蓮司、大杉漣、江守徹、竹中直人らそうそうたる実力派俳優が顔をそろえ、見どころの多い作品に仕上がっています。

■「隧穴(ずいけつ)幻想 トンカラリン夢物語」:約1600年前の肥後・菊地地方で、大和朝廷からの軍兵に追い詰められた集落の岩戸に現れた神は、一瞬のうちに兵士を消滅させた。それから20年後、平和な村に再び朝廷軍が迫る。
■「鞠智(きくち)城物語 防人たちの唄」:約1200年前、日本列島防衛のために九州に送り込まれた防人が、百済の亡命貴族との交流を通じて死守しようとした家族と国を愛する思いを綴る。
■「おんな国衆一揆」:天正15年、肥後国主佐々成政の理不尽な政策を拒み、肥後国衆たちが呼応して挙兵した。わずか900の兵で豊臣軍10000に対し攻防を繰り広げた連合軍には、懸命に戦ったおんな達の熱い姿があった。  

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九州古墳時代の研究

著者:宇野愼敏
出版社:学生社
サイズ:単行本/342p
発行年月:2003年10月
税込 9,240 円

古墳の発生から終末期まで九州古墳時代の全貌に迫る。

【目次】
第1章 発生期・前期古墳時代の研究(石棺から石室へ―北部九州における古墳発生の推移と画期/豊前北部・筑豊地域の墳墓について―古墳発生期前後の社会像 ほか)/第2章 中期古墳時代の研究(北九州市内出土の古式須恵器/五〜六世紀の豊前北部と筑豊 ほか)/第3章 後期古墳時代の研究(北九州市・曽根平野の古墳(前方後円墳を中心に/後期小古墳群の動向とその背景)/曽根平野における古墳時代後期の土師器について(甕小考/ムラの交流) ほか)/第4章 古墳時代終末期の研究(北部九州の終末期古墳/勝円式土器小考―周防灘式製塩土器について)
東アジアと江田船山古墳

著者:玉名歴史研究会 /白石太一郎
出版社:雄山閣
サイズ:単行本/206p
発行年月:2002年06月
税込 2,835 円

金銅製装身具や銘文をもつ大刀を出土したことで有名な熊本県江田船山古墳をめぐるシンポジウムの記録。5世紀後半〜6世紀前半の日本を東アジア的視点からとらえる。

【目次】
第1部 船山古墳の主は誰か(土蜘蛛津頬のクニ/船山古墳の墓主は誰か/船山古墳被葬者像研究略史/菊池川流域における首長墓の変遷―阿蘇谷とのかかわり/熊本の古墳からみた船山古墳)/第2部 磐井の乱をめぐって(磐井の乱とその後の肥筑/菊池川流域の装飾古墳/磐井の「乱」及びそれ以降について)
優曇華花咲く邪馬台国

倭人伝では邪馬台国は解けない

著者:原田実
出版社:批評社
サイズ:単行本/301p
発行年月:1994年07月
税込 2,446 円

邪馬台国―その言葉の響きは、現代人の心を太古のロマンへと誘う。邪馬台国はどこにあったのか。古代日本社会の姿とは。豊富な文献をもとに、その真実に鋭く迫る。

【目次】
第1部 史料解読篇(魏志倭人伝は『三国志』の一部/『三国志』とはいかなる文献か/行程記事の迷宮/歪んだ地図と邪馬台国海外説/陳寿のトリック/行程記事を読む/魏志倭人伝里単位の秘密/『斡苑』『広志』の証言/狗奴国は四国である/失われた海洋叙事誌)/第2部 遺跡探索篇(鬼道の謎とトンカラリン/優曇華の里を訪ねて/鉄鏃の証明/邪馬台国はなぜ消された?)  
女王卑弥呼の祭政空間女王卑弥呼の祭政空間

考古学で考える邪馬台国の時代

著者:石野博信
出版社:恒星出版
サイズ:単行本/209p
発行年月:2002年06月
税込 1,470 円

倭国の女王卑弥呼は二世紀末に登場する。「魏志倭人伝」によると女王の統治下には三〇余国があり、特色ある地域文化が栄えていた。王位はその後、男帝をへて宋女の壱与が継ぎ、三世紀末に及んだという。謎が多く、遺跡発掘などで新資料が見つかるたびに論争が活発化する邪馬台国の実相を、卑弥呼が生きた時代に軸足を置いて、考古学研究の成果から探っていく。朝日カルチャーセンターで人気を博した特別講座を出版化した待望の一冊。

【目次】
第1章 卑弥呼以前の倭―「倭国大乱」の実態(中国史書にみえる倭と「倭国乱」/卑弥呼共立の前提となった「倭国乱」 ほか)/第2章 卑弥呼登場―卑弥呼を「共立」したクニグニ(卑弥呼の登場した時期/「倭」の地域とは ほか)/第3章 卑弥呼と男弟―三世紀にヒメ・ヒコ体制はあったか(仙台平野の庄内式土器/おおやまと古墳集団の分布調査 ほか)/第4章 卑弥呼の鬼道と壷形の宇宙(鬼道のちから/神仙思想の伝来 ほか)/第5章 「棺ありて槨なし」―墳墓からみた邪馬台国(二〜三世紀の棺槨/仮説・竪穴式石室の成立過程)
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