【鹿島古墳群中の一基】
荒川右岸の河岸段丘上に、7世紀代に築造された100基以上の群集墳。
埼玉県古墳詳細分布調査報告書には95基の記載がある。
東西800mにわたって分布する56基の古墳が埼玉県指定史跡の範囲に含まれ、鹿島古墳公園として整備されているが、この35号墳は史跡指定範囲外で公園
から離れた東方の住宅街に単独で存在する。
1970年(昭和45年)、埼玉県営本畠圃場整備事業に伴う調査時に、保存されることになった8基のうち1基で、調査はされていない。
古墳群はこれまでに30基ほど調査されているが、方墳の73号墳(76号墳も?)を除いて全て円墳で、石室は河原石積みの胴張り型の横穴式石室で統一されている。
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▲南東から
墳丘は葺石のような細かい石で、
覆われていて、一見積み石塚のよう
1971年(昭和46年)、鹿島古墳群の
第二次調査では、やはり東方の
江南1号〜3号墳が調査されたが、
1、2号は砂利塚、3号が中世墳墓で、
古墳ではないことが判明しており、
同じく古墳群から離れ、東方に
所在するこの35号墳も、砂利塚、
別時代の塚の可能性があるの
ではないだろうか |
▲墳丘上に稲荷社
かつてこのすぐ東側に
新田裏2号墳(江南町)が
あったようだが、現在は
工場となっているようだ |