【この地域には稀な古墳跡】さいたま市の遺跡情報によると、古墳跡や埴輪片などが発見されているが詳細は不明
【古墳群が展開されていた?】
この地は水田耕作に適した土地であったため、古くから人の営みがあり、すぐ南側の東宮下原口遺跡(A-114号)、中里遺跡(A-115号)からは集落跡などか発見されている
200m南東のA-116号からも古墳跡が確認されていることからA-116号、A-117号を含め、
この東宮下地内には古墳群が展開されていたと推測され、周辺には未発見の古墳が多く存在するものと考えられる
【東宮下出土の埴輪】
発見者の意向により、正確な場所は公表されていないが鹿の絵が線刻された人物埴輪など興味深い遺物も発見されている
発見地は、このA-117号周辺ではないかと個人的には推測している
市指定有形文化財(考古資料)(平成11年4月1日指定)「線刻画付人物埴輪
-伝東宮下出土-」 2体
詳細は「さいたま市HP」
鴻巣市生出塚埴輪窯跡で生産された6世紀後半のものだということから、このA-117号の古墳跡あるいは、周辺の未発見の古墳が6世紀後半の築造と推測できる
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▲遺跡範囲内で確認できた
墳丘のような盛り上がり
A-117号は極めて狭い範囲なので
これが古墳跡の可能性もある石碑みたいなものもあり、塚か
一般の墓地のようでもある
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▲東宮下地内の古墳地図
(さいたま市遺跡地図を参考に作成)
左上の■がA-117号遺跡
右の■がA-116号遺跡
二つの遺跡の間のあたりを歩いて
古墳らしき盛り上がりを探した結果
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