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埼玉県の探検古墳一覧


じゅうおうそん ふじづか / みなみなかの・ふじやま
十王尊 富士塚 / 南中野・富士山

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古道沿いにある塚

かつての岩槻城(約6キロ北東にあり、現在は城址公園)に通じる古道(十王道)の終点にある十王尊の境内東側に所在する。

埼玉県古墳詳細分布調査報告書や、さいたま市の遺跡地図にも記載はなく、詳細は不明である。

しかし、近隣には古墳時代の集落の遺跡なども存在するので古墳の可能性が皆無とも言えないようにも思える。

左右に小さな社があり、塚上に「浅間宮」と刻まれた石碑があることから、富士塚として信仰されていたようである 。

また、「さいたま市の塚調査報告」では、「富士山」という名称で富士塚として記載されている。



▲南側から(十王尊の東側)
 


▲石碑の「浅間宮」
1858年(安政5年)

▲西側(十王尊側)から

浅間神社ではなく浅間宮

神社」「」の社号には格式の高さに違いがある

神社」は一般的に使われ特に基準はない社号だが、「」は、嫡男系の皇孫を祭り格式が高いとされている

浅間神社は富士浅間信仰に基づき、富士山を神格化した浅間大神を祀る神社である

浅間大神とは富士山の女神木花之佐久夜毘売(このはなのさくやひめのみこと)とされるのが一般的であるが、「」となっているからには男子を
祀っている可能性もある(男子を尊ぶ風潮が強まる明治以降?)

浅間神社では、姫の父神である大山祇神(オオヤマツミ)を祀ることもあるようなので、ここには父神か、あるいは姫と父神の両方を祀っているのかもしれない 


十王尊にまつわる伝承

十王尊の縁起には諸説あるが、一説には1590年(天正18年)岩槻城落城の際、岩槻に存在した阿弥陀仏や十王尊像を太田氏家臣の井上・堀江両氏が背負って落ちのび、この阿弥陀堂に隠したと伝えられる

ちなみにかつてはここよりも南方に存在したという


ちなみに、十王(じゅうおう)とは、道教や仏教で、地獄において亡者の審判を行う10尊のことだが

(なぜか)縁結びの神様として信仰され、「十王様」と近在では親しまれているという

現在は寂れた雰囲気であるが戦前までは祭りで露店や見世物が出てにぎわっていたとのことである
 



▲南側から「十王尊」
左手の大木が天然記念物の
大イチョウ(右下の解説参照)
 

▲十王尊の解説板

▲さいたま市の天然記念物
「十王尊の大イチョウ」の解説板
 
所在地 埼玉県さいたま市(旧大宮市)見沼区南中野992
十王尊境内
アクセス
駐車場

さいたま市の古墳地図
別名 正法院阿弥陀仏十王堂
史跡指定  
築造年代  
形状 富士塚(浅間宮)
【さいたま市の塚調査報告】
 ・富士山 東西:10.0m 南北:13.0m 高さ2.0m
埋葬施設  
出土遺物  
調査暦  
文献 さいたま市文化財調査報告書 第二集
  「さいたま市の塚調査報告」 平成14年

「大宮をあるく 1〜東部編」大宮市教育委員会編集
埼玉県古墳詳細分布調査報告書
さいたま古墳めぐり古代ロマンの70基(さきたま双書)
埼玉の古墳 北足立・入間
埼玉県の歴史 (県史)
 

探検日(写真撮影日) 2011年05月27日
データ作成日 2011年05月27日
最新データ更新日 2019年03月22日
 

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