【公園一帯が遺跡】
大宮公園の北西部、埼玉県立歴史と民俗の博物館を中心とした一帯が埋蔵文化財包蔵地。
1955年(昭和30年)に行われた発掘調査で、弥生時代後期の竪穴住居跡1軒と弥生時代後期〜古墳時代初頭と見られる方形周溝墓1基が確認された
現在、県立歴史と民俗の博物館の屋外展示で、弥生の住居2棟、縄文の住居1棟、弥生の方形周溝墓1基が見られる
【かつて古墳群も存在した】
大宮公園ボート池の北側から植竹・土呂の一部にかけて、古墳群が分布していたようだ
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江戸時代、大宮宿の脇本陣の栗原家の古文書に、20基近くの古墳があったと記されているが、現在はその痕跡すら分からない。
さらに、現在の競輪場付近に天神山といわれる古墳が存在しており、競輪場建設の際に、破壊され、刀や埴輪が出土したそうである(6世紀?)
ちなみに競輪場北側に「天神山牛乳」さんがあり、かつては牧場もあったとのこと。敷地内に菅原道真公を祀っていたのが名の由来だということで、天神山古墳はこの牧場の敷地か近接してあったのかもしれない
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▲弥生時代の住居(復元)
切妻型の屋根
遺構は保存のために埋め戻し、
地上に復元してあるとのこと
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▲弥生時代の方形周溝墓
(弥生時代の有力者の墓)
一辺:9.5m、周溝幅:1.1m主体部の多くは失われていたが、
ガラス玉が出土、周溝からは
壺や高坏が出土し、県史跡に
付けたり指定されている
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