古墳の森TOP埼玉の古墳埼玉県比企郡嵐山町

埼玉県の探検古墳一覧


いなりづかこふん
稲荷塚古墳
【INARIZUKA burial mound】

探検日(写真撮影日)  2018年06月19日
データ作成日  2018年07月06日

最新データ更新日  
2018年07月06日


史跡指定 嵐山町指定史跡 1961年(昭和36年)10月1日 アクセス
駐車場

▲国道254から入ってすぐのところ。
嵐山史跡の館を挟んで北側にある。
所在地 埼玉県比企郡嵐山町菅谷
築造年代 古墳時代後期
形状 円墳 東西:20m 南北:16m 高さ;約3m
埋葬施設 両袖型横穴式石室 
胴張り(壁面が曲面になっている)
緑泥片岩の割石の小口積み
玄室>奥行き:3m 最大幅:2.7m 高さ:2.5m
前室>奥行き:2.7m 最大幅:2.5m 高さ:1.8m
周辺施設 葺石 (埴輪なし)
発掘調査 1989年(平成元年)>史跡整備のため、埋没していた玄室前面を発掘し、玄室より胴張りの緩やかな前室が発見。破損部分の修理が行われた
1990年(平成2年)>周溝と葺き石が確認

この地域に存在した多数の古墳群は
既に消滅し、現存するのは、
この古墳と、国指定史跡 菅谷館を
挟んで、南西600mほどのところに
ある山王古墳群などわずかである。

かつて、この墳丘上に稲荷社が
あったことから、「稲荷塚」と
呼ばれている。


墳丘の南側には住宅が建っており、
墳丘は大きく崩れ、
横穴式石室が開口している。
羨道は失われていた。

江戸天明年間(1781年 - 1789年)
の時点ですでに開口。

特に崩壊が激しかった全室の
東側の側壁の床下から、
中世の人骨が出土していることから
中世には盗掘され、副葬品が
持ち去られていたと推測される。

昭和初期には人が住んでおり、
大分荒れていたらしい。


▲現地説明板




▲墳丘および石室実測図
埼玉の古墳 比企・秩父』より



▲西側道路から
 


▲北側の小道から

▲南側に開口する横穴式石室は
施錠されている

▲緑泥片岩の割石がきれいに
小口積みされている

▲全室から玄門、その奥が玄室。
玄門、奥壁、天井石は
大きな緑泥片岩の一枚岩
 
 

↓Googleストリートビューで、石室内部が見られます↓
 
 

【参考文献】

さいたま古墳めぐり―古代ロマンの70基 (さきたま双書)
関東・甲信越 古代遺跡ガイド
関東 古墳探訪ベストガイド
埼玉の古墳 北埼玉・南埼玉・北葛飾 さきたま出版会
埼玉の古墳 児玉 さきたま出版会
埼玉の古墳 北足立・入間 さきたま出版会
埼玉の古墳 比企・秩父 さきたま出版会
埼玉の古墳 大里 さきたま出版会
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