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よしみひゃくあなおうけつぼぐん(よしみひゃっけつ)
吉見百穴横穴墓群
【YOSHIMI-HYAKUANA buiral caves】
探検日(写真撮影日)  平成15年10月26日
第二回探検日(写真撮影日)  平成21年04月11日
データ作成日  平成15年12月11日
最新データ更新日  平成21年04月12日
探検日誌・ブログ版

史跡指定 国指定史跡 吉見百穴(よしみひゃっけつ) 大正12年3月7日
所在地 埼玉県比企郡吉見町大字北吉見325他 アクセス Mapion地図
見学 午前8時30分〜午後5時。見学料は大人300円。
【種類】
横穴墓群

【規模】
現在、219個の横穴墓が存在している。

【築造年代】
7世紀初頭



↑↓説明看板


 
「百穴」の名が文献に見られるのは今から200年くらい前で、江戸時代の中頃には「百穴」の呼び名で不思議な穴として興味を持たれていたようだ。

明治20年、坪井正五郎博士による大発掘が行われその結果、人骨・玉類・金属器・土器等が掘り出され横穴の性格を土蜘蛛人(コロポックル人)の住居でありのちに墓穴として利用されたものであるとされた。


↑武蔵国比企郡西吉見村百穴の記
売店(発掘の家)で30円で販売していた。

坪井正五郎博士

 

 しかし、大正末期に入って考古学の発展により各地で横穴の発見発掘の結果、その出土品、横穴の構造から横穴が古墳時代の後期に死者を埋葬する墓穴として掘られたものであることが明らかにされ『住居説』がくつがえされた。

【薄葬令】
西暦646年に、中央政権によって、葬送の儀式に関係した「薄葬令」が出された。
「薄葬」とは「簡単に葬ること」で、地方豪族の権力の象徴と言える古墳の造営を禁止した法律。この横穴墓群はそうした背景があって作られるようになったものか。

【穴の並び方】
 
斜面に並ぶ穴は西側から東側へ行くにつれて、その並び方が整い、特に東側にある穴は平行線上に正しく配置されて整然としている。
 穴の掘り方の技術や考え方が進んだと考えられる。

 また下方の穴より、上位の穴の方が大きくなり、穴と穴の間隔が広くてゆとりがある。

 中位の穴は2,3の大きく立派な穴が取り巻いてその周辺に小さな穴がいくつか掘られ一つの小グループをつくっている。

 この穴の並び方やまた上中下に位置の違いは、穴が掘られた年代の違いを示すものか、また葬られた人の身分や富とつながりがあるものか。
 

説明看板→
穴の並び方、棺座の工夫、
玄室の形、横穴の構造


↑玄室には遺体を安置する棺座が複数あり、複数の人間を葬ったものと思われる。これは2つあるタイプ。
【埋葬施設 】
・横穴墓
・玄室と羨道からなる。
・玄室の天井は屋根形
・壁際には10〜20cm程の棺座が作られている(遺体の安置場所)
・入り口部分には緑泥片岩の蓋

【死生観】
 古墳時代の人々は人が死ぬことは決してなくなってしまうことなどではなく、現世を旅立って遠いところへゆくのだ、そしてそこで今までのような生活を続けると考えていた。

 この考え方が横穴の構造に表れて、玄室つまり現世から羨道を通って「あの世」へ行った、死者が現世と同じような生活をしているところとしての意味をもっている。

<横穴を掘った人々>
 岩山の上から西の方を眺めると市野川の広い沖積地をへだてた対岸、平坦な柏崎の台地上に、古墳時代後期の住居跡が発見されている。
 また、西側にひらけた、自然堤防からも6,7世紀の住居跡がたくさん見つかっている。
 いずれも「吉見百穴」を造った人々と関係のある住居跡と推定される。

<横穴を掘った工具>
 玄室の天井や側壁の片隅に、横穴を掘った工具の跡が見られる。
 鋭い削り跡はたぶんのみ類で、幅広な削り跡は手本か、中には釘のように細い用いて整形した跡がみうけられる。
 横穴が掘られた場所は凝灰岩質の比較的軟らかい岩山だが、粗末な工具では一つの横穴を掘るにも大変な労力が必要であり、おそらく数人の者がこつこつ掘り続けて完成するまでに十数日を要したのではないか。

<横穴に葬られた人々>
 古墳時代の村人達の中で横穴を造ってここに葬られた人は一部の人に限られていたと考えられる。村人の中でも数人の働き手を十数日も横穴を掘る労働に使役させることのできた一部の人々が自ら奥津城として横穴を造らせ、その家族とともにこの中に葬られたものであろう。
横穴には棺台が2つも、3つもあることから、一人の墓ではなく有力者の家族の墓でもあったと考えられる。

説明看板→
玄室の形

 


↑緑泥片岩の蓋が立てかけられていた。何度も追葬を行うためのようだ。

  ↑売店「発掘の家」の一角に展示してある

【出土遺物】
金環・勾玉・管玉・埴輪(飾馬)・土器など。
亡骸を葬るとき、その人が生前に使っていたものなど死体に添えたらしい。








↑説明看板 

中は夏は涼しく、冬は暖かい→

<地下軍需工場跡>

戦時中、横穴墓群のある岩山に地下工場建設が行われ数十基の横穴がこわさたが、戦後、吉見百穴保存会の結成により積極的な保存、管理がなされ、その後、昭和36年吉見町に移管された。
 

<吉見百穴ひかりごけ発生地>

国指定天然記念物 昭和3年11月30日

ヒカリゴケはコケ類の一種であり、緑色の光を放出しているように見えるところから、この名がついている。ヒカリゴケの生育には、一定の気温と湿度を保つ環境に恵まれることが必要で、この条件に合った吉見百穴の横穴墓内にはヒカリゴケが自生している。



←明るいと良く分からないが、うっすらと光っている。

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日本横穴墓の形成と展開 

著者:池上悟
出版社:雄山閣
サイズ:単行本/356p
発行年月:2004年05月
税込 7,980 円

横穴墓から復元する後期古墳社会。東アジア世界における日本の横穴墓制の形成と各地域における展開を把握し、群集墳としての横穴墓の性格を検討する。

【目次】 序章 横穴墓研究の課題と研究の視角/第1章 横穴墓の名称と研究史(横穴墓の名称/横穴墓の被葬者と性格論)/第2章 横穴墓の諸相(群集墳としての横穴墓/東国横穴墓の型式と交流/東国展開期横穴墓の諸相)/第3章 横穴墓出土遺物の検討(東国における群集墳出土の鉄鏃/横穴墓出土の農工具)/第4章 横穴墓の形成と展開(東アジア世界における横穴墓制の形成/各地における横穴墓の展開)/結論

日本の横穴墓

考古学選書

著者:池上悟
出版社:雄山閣
サイズ:全集・双書/263p 発行年月:2000年05月
税込 3,990 円

全国に分布する横穴墓のさまざまな構造と分布、被葬者集団の問題、墳丘を伴う横穴墓の位置づけ、埋葬様式の地域性、西から東への広がりなどを詳細に検討し、今後の横穴墓研究の課題についても触れる。

【目次】 第1章 横穴墓研究の課題/第2章 横穴墓型式の伝播と交流(東国横穴墓の型式と伝播/東北横穴墓型式の成立と展開/東海横穴墓の受容と展開 ほか)/第3章 横穴墓の諸相(東北横穴墓の埋葬様式/山陰横穴墓の埋葬様式/九州横穴墓の一様相 ほか)/第4章 横穴墓制の展開

さいたま古墳めぐり―古代ロマンの70基

著者:宮川進
出版社:さきたま出版会/ さきたま双書
サイズ:全集・双書/175p
発行年月:1997年09月
価格:税込1,575 円

古墳を訪ねてみませんか/金錯銘鉄剣…謎も超一流―さきたま古墳群/関東の石舞台―八幡山古墳/県内唯一、線核画のある―地蔵塚古墳/将軍山古墳と肩を並べる―小見真観寺古墳/シェイクスピア劇を思わせる―真名板高山古墳/東武線のこんなすぐそばに―毘沙門山古墳/利根川を挟んで毛野をにらむ―永明寺古墳/加須低地のへそ―鶴ケ塚古墳/赤城山と日光男体山を背景に―樋遣川古墳群〔ほか〕
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切手図案:「切り花」 タブ図案:八丁湖とフレンドシップハイツよしみ、町民会館フレサよしみ、  いちご、コスモス、さくら堤、百穴ヒカリゴケ、百穴、三重の塔、  道の駅いちごの里よしみ、曼荼羅・息障院

 

 

 

 

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