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 はちまんやまこふんぐん
栃木
県指定史跡 八幡山古墳群 / 憩いの森
 

※写真は全てクリックで拡大します※


八幡山古墳群

山辺小学校の裏の八幡山と
呼ばれる比高約40mの緩やかな
丘陵上に造られた群集墳

「憩いの森」として整備されている

昭和18年に丸山瓦全氏()らによる
調査では94基の古墳が確認され

 その後の道路工事や小学校の
校舎建設により、いくつかの古墳が
壊され、現在は73基の古墳が
丘陵の中腹から麓にかけて残って
いる(内71基が史跡指定)

)丸山氏については織姫山
丁字型古墳跡でも触れている



▲東側の古墳群入口にある説明板

平成26年3月
公益財団法人 足利市民文化財団
足利市教育委員会による

住民が守った古墳の森

人工的に手が入れられておらず、
大変静かな、暗いとすら感じる森

周囲が開発されている中で、
古墳群がある森がそのままの
状態で残されたのは奇跡に近い

文化財の保護よりも、開発が
優先された時代、多くの古墳群が
破壊され、この八幡山とも
関係の深い明神山古墳群
破壊されていった

この地が八幡宮の所有であり、
早い時期に県の史跡に
指定されたことも開発を免れる
要因にもなったようだが、
史跡として指定されていてすら
開発の波は襲ってきたようだ

栃木の文化財」によると、
昭和40年代、多くの古墳群が
破壊されたと同時期に、やはり
この八幡山にも通る道の拡張
工事計画が持ち上がり、
保護を訴える著者の前澤氏ら
県の文化財調査委員会と
足利市ともめたとのこと

結局、文化財と環境を守ろうとする
地域住民らの反対により、
この古墳の森は守られた
 



▲憩いの森の東側の解説板の古墳分布図に見学古墳を加えたもの
時間の都合で全部回れず、赤い線に沿ってのみ見学した
古墳番号については、個々の古墳に看板がないので、不正確(1号/2号は除く)


1号墳


山辺小学校裏西古墳(2号墳
 

▲3号墳

▲山辺小学校裏4号墳
1982年(昭和57年)、小学校の体育館
建設の際に発掘されたが、
現在は体育館の下に消滅したようだ
 

▲6号墳、7号墳、8号墳

▲13号墳



▲14号墳
 



▲17号墳


▲19号墳
 


▲21号墳
 


▲22号墳

▲24号墳
 


▲27号墳
 


▲28号墳

▲29号墳
 
▲40号墳
 

▲38号墳
所在地 栃木県足利市八幡町
所有・管理者 八幡宮
アクセス
駐車場

東側に説明看板と駐車スペースがある
史跡指定 栃木県指定史跡 八幡山古墳群
(1955年)昭和30年7月26日指定
築造年代 古墳時代後期後半(6世紀後半〜7世紀代)
形状 円墳 71基(史跡指定)
かつては100基以上
直径:約10m〜20m 
最大径:28m、高さ:4m 最小径:10m、高さ:1m
埋葬施設 横穴式石室
出土遺物 【副葬品】直刀6本、耳環4対、鉄鏃、刀子等
【墳丘】円筒埴輪、家型埴輪等
周辺施設 【墳頂部】円筒埴輪列
【裾部】葺石が帯状にめぐる
発掘調査 1936年(昭和11年)、1953年(昭和28年)
参考文献 探訪 とちぎの古墳
栃木の文化財―ともに歩んだ50年
 

探検日(写真撮影日) 2004年01月01日
第二回探検日(写真撮影日) 2018年11月19日
最新データ更新日 2018年12月09日

旧写真 探検日(写真撮影日) 2004年01月01日 

八幡宮側から入り(上の分布図の左下から)、おそらく今回とは違う北側を回った。
石室が露出していたり、石室の入口らしき穴の開いた古墳が散見されたが、今回は確認できなかった。


【参考文献】
探訪 とちぎの古墳
下野の古墳 (1977年) (しもつけ文庫〈4〉)
海老塚古墳 (1981年) (足利市埋蔵文化財報告〈第2集〉)
明神山古墳群 (1985年) (足利市埋蔵文化財報告〈第12集〉)
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