【かつては前方後円墳】
若旅富士山古墳群、宿中天神山古墳群の北側に築かれている。
中村八幡宮の境内、社殿の北側に所在し、現状は円墳状であるが、栃木県の郷土史家・佐藤行哉氏(1882〜1967)の記録によると、前方後円墳だったのことである
。
現状、単独で存在しているように見え、古墳群としての情報も得られなかったが、前方後円墳が単独で存在しているのも不自然に思える。
すぐ東側の畑の中に古墳らしきもの(真岡市中所在古墳(仮)があるが、これが古墳だとすると、同じ古墳群を形成していたと推測される
。
あるいは、すぐ南側に所在の宿中天神山古墳群(天神山1号墳〜天神山3号墳、いずれも消滅?)に含まれるのかもしれない
【横穴式石室は震災で崩落】
南に向けて開口し、奥壁は巨石の一枚岩、側壁を河原石を小口積みにした胴張り(中央部が膨らむ)美しい石室だったが、2011年の東日本大震災により崩落した
被災直後は、一部崩落したのみだったようだが、2019年4月現在、跡形もなく崩壊してしまっている
側壁の河原石が一部残り、散乱しているのは見受けられたが6枚あったという天井石のような大きな石は見当たらなかった(生い茂る草の中に隠れていたのかもしれない)
天井石の一部が崩れ始めた時、危険と判断し、わざと天井石を取り除いたのかもれしない
|