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栃木県の探検古墳一覧


いいづか31ごうふん / いいづかこふんぐん
飯塚31号墳 / 飯塚古墳群

※写真は全てクリックで拡大します※


墳丘の残存は群中では稀少

飯塚古墳群は栃木県最大級の前方後円墳・摩利支天塚古墳琵琶塚古墳の西に隣接する100基を超える群集墳。

飯塚古墳群中の大半の古墳が墳丘部を失っている中で、高い墳丘が残存する数少ない古墳であるが、墳丘の残存状態は右の測量図の通り、良くはない 。


所有者の厚意で削平を免れた

この古墳も、同時に調査された他の古墳(飯塚古墳群 参照)と共に削平される予定だったが、群中における希少な墳丘残存例ということから、所有者が墳丘の保存を快諾してくれたとのこと

そのため、墳丘部の調査は残丘に及んでいない(右図参照)

(調査は削平される古墳の記録保存が目的だったため)

内部主体はくびれ部にあるが、残丘部は円丘部の中心部であるので、調査していれば、何か出てきたかもしれない


帆立貝式の古墳

帆立貝式の古墳には円墳中心で小さな基壇をつけたものと、前方後円墳の前方部が極端に短いものの2種類あるが、これは、前方後円墳というより3kmほど南東にある同じ小山市の桑57号墳と同様、円墳に基壇をつけたタイプと同様の帆立貝式古墳のように見える 。


内部主体は家型木棺

上の測量図のの部分後円部、くびれ部に接する

家型木棺が想定されるとのこと

盗掘はされておらず、ほとんど埋葬時と同じような配置状態で多数の副葬品が出土した

また、墳丘全てを巡っていた大量の埴輪も出土しているうち6点は小山市の文化財に指定された(右の写真)



▲東側から残丘部

円丘部の中心のわずかな
部分しか残っていない


▲北東側から残丘部

前の畑部分にも墳丘が続いており
周溝には土壙が掘られていた
 

▲飯塚31号墳測量図

残丘部(上の写真の部分)
墳丘裾部 円墳状
直径:約10m 高さ:2.5m
調査範囲(1992、1996)
形状・サイズの詳細は下記参照
 


▲発掘時の様子
右側は北側周溝内の土壙
(左の測量図参照)


周溝内の土壙

後円部の北側周溝外縁に沿って
9基の土壙が掘り込まれている

6・7号土壙からは副葬品が検出
されているため、埋葬用の墓壙と
考えられるものもあるが、
墓壙ではないものもあるようだ

墓壙には内部主体の被葬者の
親族が葬られたのだろうか



▲小山市の文化財に指定された
31号墳出土の6点の埴輪

顔に赤彩された跡が
くっきりと残っている

▲昭和58年〜平成8年までの
飯塚古墳群発掘調査の中心区域
 

▲摩利支天塚・琵琶塚古墳資料館の飯塚31号墳の解説と遺物の展示
 
所在地地所在地 栃木県小山市飯塚字東台2111
所有者:個人
アクセス
駐車場

駐車場なし。私有地の畑の中。
史跡指定 『飯塚31号墳出土人物埴輪』 6点
小山市有形文化財(考古)
2003年(平成15年)7月1日指定
築造年代 古墳時代後期
形状 帆立貝式前方後円墳
墳丘主軸長:29m 周溝含む古墳全長:39.5m
前方部長:約5m 前方部幅:8m
後円部径:24m 後円部高さ:2.5m以上
くびれ部推定幅:8m
埋葬施設 木棺直葬
出土遺物 【内部主体より】副葬品多数
【墳丘より】埴輪多数
【周溝内土壙より】副葬品など多数
摩利支天塚・琵琶塚古墳資料館所蔵
文献 「飯塚古墳群III」小山市教育委員会 1999年
調査暦 1992年(平成4年)10月〜1993年(平成5年)3月
1996年(平成8年)9月〜1997年(平成9年)3月
 

探検日(写真撮影日) 2019年04月05日
データ作成日 2019年04月12日
最新データ更新日 2019年04月25日

【参考文献】
探訪 とちぎの古墳
下野の古墳 (1977年) (しもつけ文庫〈4〉)
海老塚古墳 (1981年) (足利市埋蔵文化財報告〈第2集〉)
明神山古墳群 (1985年) (足利市埋蔵文化財報告〈第12集〉)
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