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栃木県の探検古墳一覧


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栃木県指定史跡 千駄塚古墳 / 千駄塚古墳群
 

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間々田地区の大古墳群の中心

思川の東側の台地上にあり、東日本最大級の大形円墳で、関東有数の大きさを誇り、県指定史跡となっている

千駄塚古墳群の主墳であり、北に宮内古墳群、南に牧ノ内古墳群を従え、この3つの古墳群から形成される間々田地区の一大古墳群の中心的存在である

なお、千駄塚古墳群を含む千駄塚浅間遺跡は寒川郡衛の推定地と考えられている

思川の西側には寒川古墳群が存在し、同じく県指定史跡の毘沙門山古墳が現存している
 

古墳北側に石材と石棺

千駄塚古墳の北側の周堤部分に石材と石棺が安置されているがこの千駄塚古墳のものではない

近くの桃塚古墳から出土し、この場所に運ばれたという由来を記した石碑も残っている

→詳細は伝桃塚古墳出土石棺

この千駄塚の埋葬施設は未調査で不明である
 

千駄塚の名の由来

この地には、千駄塚の名の由来となったと思われる 民話が残っている

毎朝鳴く掛け軸のニワトリをめぐり、千駄(千頭の馬)の荷をかけて、長者と商人が賭けをする話で、商人にまんまと騙された長者が千駄の荷を積んで造ったのがこの『千駄塚』ということである

「まんが日本昔ばなし」の第568話「千駄塚」に長者がかわらけで作った塚として登場している
 


▲南東側から
 


▲墳丘の一段目への階段

▲墳丘の一段目上にある
山神社、雷電神社
 

▲一段目から墳頂への階段

▲墳丘の二段目上にある
多杉神社、愛宕神社
 

▲墳頂の平坦部

▲墳頂に富士山信仰の浅間神社
このため、浅間山古墳とも呼ばれる

 

▲千駄塚自治会古墳修復委員会による奉納『墳丘修復並参道石段工事一式』
 

▲鳥居脇にある碑の後ろに
倒れていた現地解説板
栃木県・小山市教育委員会による
 

▲古墳北側に安置されている
石棺の前にある解説板
間々田商工会・小山歴史研究会
 
所在地 栃木県小山市大字千駄塚144-1
栃木県小山市間々田地区千駄塚字浅間前372,373
所有者:浅間神社
アクセス
駐車場
 
別名 浅間山古墳
史跡指定 栃木県指定史跡
1953年(昭和28年)11月10日指定
築造年代 6世紀
形状 円墳 
径:70m 高さ:10m 
周堀:幅20m
2段築成:裾部から3mあがった所に段築面幅7〜8m
埋葬施設 不明・未調査
出土遺物  
周辺施設 埴輪・葺石なし  

探検日(写真撮影日) 2019年04月05日
データ作成日 2019年04月07日
最新データ更新日 2019年04月07日

【参考文献】
探訪 とちぎの古墳
下野の古墳 (1977年) (しもつけ文庫〈4〉)
海老塚古墳 (1981年) (足利市埋蔵文化財報告〈第2集〉)
明神山古墳群 (1985年) (足利市埋蔵文化財報告〈第12集〉)
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