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とうめいじこふん / ふじわらのひでさとこう ふんぼ
東明寺古墳 / 藤原秀郷公墳墓

 

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藤原秀郷公の墳墓説

藤原秀郷は、940年、天慶の乱にて平将門を平貞盛と協力し討った功績により従四位下を与えられ、下野、武蔵守などを歴任した人物。

国指定史跡の唐沢山に城を築き(現在の唐沢山神社が城の跡地)、秀郷の子孫の佐野氏が居城した。

958年、または991年に没した秀郷は東明寺に葬られたとされ、この古墳が秀郷の墳墓と伝えられている。

しかし、古墳の年代は良く分かっていないが、秀郷の時代より古いものではないかと思われる。


東明寺古墳の名の由来

かつてこの近くに、秀郷が開基となり、大僧都知海法印が開山した大同山東明寺(とうめいじ・元和3年(1617)に廃寺)があったことから。

この東明寺は、徳川家康公の遺体が、東照宮に向かう途中、惣宗寺に運ばれた際に近隣の住職に召集がかかったが、遅れたか参集しなかったために、廃寺にされたと言われている 。

現在、この地は唐沢山神社の飛び地境内となっている。



▲東側から

 


▲石材かと思われるような石が
これ見よがしに並んでいるが……
 

▲北側から

埋葬施設があることが推定される
南側は木が繁っていて、入れない
 

▲北西側

石が積んである。
廃寺になった東明寺のものか?

▲佐野市教育委員会による説明板
 

▲垣根で埋もれてみえにくい。
史跡 佐野市指定史跡「藤原秀郷公墳墓」
昭和42年6月28日
アクセス
▲東側の道路から入ると古墳の正面。
閑静な住宅地内。西側からでは入りづらい。
所在地 栃木県佐野市新吉水町254
唐沢山神社の飛地境内となっている
所有者 唐沢山神社(藤原秀郷公を主祭神として祀る)
築造年代 藤原秀郷公は正歴2年(991)9月に没し、
ここに葬られたと伝えられる
形状 円墳 
径:24m 高さ:3m
周囲の平坦面、切石を含めると、二段?
径:35.6m 高さ:5m
埋葬施設 不明
     

探検日(写真撮影日)  平成29年12月11日
データ作成日  平成29年12月24日
最新データ更新日  平成29年12月25日

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