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ひろせこふん 
広瀬古墳
【HIROSE burial
mound】

探検日(写真撮影日)  2018年09月18日
データ作成日  2018年10月14日

最新データ更新日
  2018年10月14日


史跡指定 岐阜県高山市指定史跡 所在地 岐阜県高山市(旧吉城郡)国府町広瀬町319−5
築造年代 築造推定6世紀後期 アクセス
駐車場

広瀬神社の南側
形状 円墳 (二段築成?)
埋葬施設 横穴式石室
9.2m
出土遺物 不明
調査 不明
参考資料 文化遺産オンライン」 「遺跡ウォーカー」等
岐阜県、高山市、飛騨高山 こくふ観光協会HP等

※写真は全てクリックで拡大します※


東100mのところには
飛騨地方最大の前方後円墳で
こう峠口古墳(県指定史跡)」が
存在する。

こう峠口古墳には及ばないが、
墳丘の規模から考えても
かなり巨大な石室。

こう峠口古墳に関わりの深い
貴重な古墳のようだが
資料がないため詳細は不明。

古墳前に移設されている
石橋廃寺塔心礎」には
立派な説明板があるが、
こちらには何もない。

国府町には387基もの古墳が
確認されており、他の地域に
比べて際立って多いことからも
この地域が、有力豪族の支配する
政治の中心地であったのは
間違いないと考えられる。

こう峠口古墳と同様、
当時飛騨地方で勢力をもった
豪族と考えられている


▲西側から
指定史跡の標柱がある

▲南東向きに開口する石室


▲石室入口は施錠されている


▲玄門から玄室
柵の間からカメラを突っ込んで撮影

玄門立柱の上に、天井石より一段
下がってまぐさ石を置く
独特の架構技法

側壁は上に行くにつれ、
内側に傾いている

奥壁・天井石ともにかなり巨大


▲玄門の手前に柵があり入れない



石橋廃寺塔心礎

高山市指定文化財(考古資料)
1983年(昭和58年)12月23日指定

石橋廃寺は桜野(広瀬町字石橋)
の地に造られた奈良時代
(710年-794年)前期の寺院

こう峠口古墳などが造られた
時代よりは後の時代のものか

この塔心礎は個人宅で手水鉢として
利用されていたが、寄贈され、
この広瀬古墳の隣に移設されている


▲塔の心柱(しんばしら)の礎石

▲現地説明板
高山市教育委員会による
日本遺産「高山市 飛騨匠の技・こころ〜木とともに、今に引き継ぐ1300年〜」
の構成文化財の一つとなっている
【参考文献】献】
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