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栃木県の探検古墳一覧


         よねやまこふん / よねやまこふんぐん
栃木県指定史跡
米山古墳 / 米山古墳群
 

※写真は全てクリックで拡大します※


米山古墳群中の一基

独立した米山丘陵の頂上に築かれた米山古墳群の主墳?

山頂に築かれた一基(帆立貝型)斜面にも数基の円墳があるらしい


余談だが、近所の方の話によると、この付近は米山古墳群の他にも古墳、遺跡が多く、自宅の増改築の際にも調査が必要になるとのことしかも、調査費用は個人で負担しなければならないので大変らしい・・・・・・
 

北関東最大は誤り

自然丘陵を生かした全長390mの北関東最大の前方後円墳として、1968年、栃木県史跡に指定されたが1982年、墳丘の範囲確認調査で誤りの可能性が濃厚になった


探訪 とちぎの古墳」によれば、これは丘陵を活かして墳丘としたものでもなければ、前方後円墳に見立てて塋域(墓所)としたものでもない」として県史跡指定を解除すべきものに挙げられている


しかし、誤りが確認されてから、37年(2019年現在)ほど経つが、未だに指定を解除されていない


ここから、1.4kmほど西にある同じく県指定史跡の大桝塚古墳と同様、ほったらかし感が否めない



▲米山丘陵の東側、古墳群への
入口には米山古墳の碑と解説板

薬師堂が建っている
 


▲丘陵の頂上

この辺りが後円部にあたる
らしいが、現状、判別はできない
 

▲墳頂にはいくつもの小さな祠

▲墳頂にはいくつもの小さな祠
 

▲東側の麓にある解説板

佐野ライオンズクラブによる
以前の誤った情報のまま
 

▲墳頂には三角点もある
 


「真田父子 犬伏の別れ」の地

古墳群入口にある薬師堂は 慶長5年(1600年)、天下分け目の関が原の合戦を前に、真田父子3人(昌幸、信幸、幸村)が、東軍と西軍に分かれて戦うことを決断した密議の場所だと伝承されている

薬師堂の脇を流れていた川にあった橋は、真田父子の別れ橋として語り継がれている
 



 

所在地地r="#CCCCFF">所在地地 栃木県佐野市犬伏新町2060-2他 アクセス
駐車場

 
史跡指定 栃木県指定史跡 1968年(昭和33年)4月25日指定
築造年代 6世紀中ごろ
形状 前方後円墳(帆立貝形)
全長:約47m 高さ:約5m
後円部径:31.5×35.4m
埋葬施設 未調査
解説板には石室が露出しているとあるが現状不明
出土遺物 円筒埴輪、朝顔形埴輪、蓋形埴輪、翳形埴輪、須恵器
周辺施設  
発掘調査 1982年(昭和57)年 範囲確認調査  

探検日(写真撮影日) 2005年04月24日
第二回探検日(写真撮影日) 2019年01月08日
データ作成日 2005年07月13日
最新データ更新日 2019年01月27日

文献  
【旧写真】 2005年04月24日撮影
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