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みなみたかはら1ごうこふん(たごむら115ごうこふん) / じんぼこふんぐん
南高原1号古墳(
多胡村115号古墳) / 神保古墳群
 

※写真は全てクリックで拡大します※


いしぶみの里公園内の移築古墳

大沢川左岸にある群集墳、神保古墳群中の一基 に含まれると思われるが、現在はいしぶみの里公園内に石室が移築保存されている。

神保古墳群は元は100基を超していたとされ、昭和10年の県下一斉古墳調査では63基登録され ており、かつての「字南高原」(現在、字は廃止されている)に集中していたが、現存するのはわずかのようだ。

神保古墳群は高崎市指定史跡となっているが、この古墳の墳丘は削平されており、指定範囲外のようだ。

「多胡村○号」というのは多胡古墳群の通番ではなく、多胡村の古墳の通番で、多胡古墳群は大沢川の対岸(東側)に広がっている。
 

古墳の呼称について

2002年の第一回訪問時には「南高原1号古墳」という呼称は用いておらず、廃止される前の字は「北高原」だったと記憶している。

群馬県古墳総覧〈2017〉に「南高原1号古墳」の記載はなく、「多胡村115号古墳」は「長根遺跡群1号墳」と記載されている。

長根遺跡群」とは鏑川右岸の台地に立地し、天引川と大沢川の間に所在する遺跡を便宜的に呼称するもので、この神保古墳群も「長根遺跡群」中に含まれる。

所在地が「神保259〜261」と「下長根490-2」では全く違うように見え、別の古墳かと思うが、「神保字南高原」と「下長根下高原」は接しており、この古墳の元の所在地はその境界付近に推定され、区画整理などで住所変更になったのだとしても矛盾はない。
(現在、農地なので、地番は確定的ではない)

「南高原1号古墳」=「長根遺跡群1号墳」でほぼ間違いないと思われる。

神保古墳群がかつての南高原中心に存在した古墳群なので、そのうちの一基という意味で「南高原1号古墳」の呼称を新たにつけたのかもしれない。
 



▲横穴式石室

周囲に盛土をしてあるが、
石室背後が人工的すぎる
 


▲羨道から玄室

羨道の残部は下半分のみ
 


▲南に開口する石室入口

施錠されていて、入れない

玄門部も失われているようだ

▲玄室内部

奥壁は一枚岩のようで、
側壁は細かい石で高さを
調整しているように見える
 

▲現地解説板

石材として地元の牛伏砂岩
(多胡石)が使われている

▲右奥が南高原1号古墳

公園内には片山1号墳(左手前)
の粘土槨も移築されている

ぜひ多胡碑と記念館も一緒に
見学することをおすすめする
 
所在地 群馬県吉井町大字神保字北高原259〜261番地
└→(高崎市合併後)高崎市吉井町大字神保259〜261番地 (2009年以降)
   └→(区画整理後?)高崎市吉井町下長根490-2 「群馬県古墳総覧〈2017〉
【現在地】群馬県高崎市吉井町池1016  「いしぶみの里公園」内
別名 長根遺跡群1号墳 群馬県古墳総覧〈2017〉
多胡村
115号墳  「上毛古墳綜覧〈1938〉」
アクセス
駐車場

電車の方は「上野三碑めぐり無料巡回バス」が
吉井駅、山名駅より出ているので利用されると良い
築造年代 7世紀
形状 円墳 
直径:約16m 基壇直径:約18.8m 高さ:約3.6m
埋葬施設 両袖型横穴式石室
石室全長:約7.9m
出土遺物  
周辺施設 【葺石】北側に良好に残る。
【周堀】不定形
調査 (発掘)平成4.9.1〜平成5.2.12
文献 『長根遺跡群発掘調査概報』 1993 吉井町教育委員会  

第一回探検日(写真撮影日)  2002年04月28日
第二回探検日(写真撮影日)  2018年10月08日
最新データ更新日  2019年07月30日

【参考文献】
□「多胡碑のはなし」吉井町教育委員会
□「群馬県古墳総覧〈2017〉本文・一覧表編/古墳分布図編」群馬県教育委員会事務局文化財保護課
□「東国文化副読本 - 〜古代ぐんまを探検しよう〜」 群馬県文化振興課
□「古墳めぐりハンドブック」群馬県立博物館
□内堀遺跡群 仮称大室公園整備事業に伴う埋蔵文化財確認調査報告書 前橋市埋蔵文化財発掘調査団(1989)
□内堀遺跡群II 大室公園整備事業に伴う埋蔵文化財発掘調査概文化財発掘調査団(1989)
□内堀遺跡群X 大室公園整備事業に伴う埋蔵文化財発掘調査概報 前橋市埋蔵文化財発掘調査団(1998)
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